2009年10月16日

言葉には無い影を携え

kohaku_web_55k.jpg◆ ◆ ◆ 三日月バビロン・11月本公演情報♪ ◆ ◆ ◆

『 琥 珀 ノ 宴 』
Feast of Amber Fossil -Memories of a child that was never born-
2009年11月27日(金)〜29日(日)

公演情報詳細は→コチラ公式HP「Next Stop!(公演案内)」
チケット情報は→コチラ公式HP「切符窓口(チケットinfo.)」

ご予約・お問い合わせ、お待ちしております!
mikazukibabylon@ybb.ne.jp

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(↓以下通常ブログ)

今日は稽古場に、何度もゲスト出演をしていただいている某劇団のT将が来てくれる。ウチより二週間前に公演が有るのに、わざわざお手伝いに足を運んでくれて恐縮する。

恐縮ついでに、T将が来たらやってみてもらおう・・・と思っていた動きを見せてもらう。彼は身体の芯の使い方がとても綺麗なので、他の若手につけた同じ動きをしてもらうと、違い・・・というか、コツが良く判るのだ。自分では自分の動きが見られないのでどう言葉で説明しようか悩んでいた部分。疑問点解決。あとは、本人が数をこなすのみ^^。
どうもありがとう^^。

***

自分で実演して見せられる演出で居ようと思う。感情も身体もちゃんと反応と発見を繰り返しつづける状態でいたいと思う。付けられた動きがちゃんと感情や表現と重なるとそれだけでも美しいし、どんなにポーズが完璧でも中身がありゃりゃ?では薄ら寒い。でも、中身だけでは「思い」はそうそう表現しきれない。だって日々日常、いつも普通に無意識に、私たちは頭や心や言葉だけでなく身体の反応でも常時語っているのだし。

全ての色や形を内包できるものは透明なもの。

思い込みや癖で型に押し込めたり濁らせたりせず、受け止め投げ返すやり取りだけを素直に返してゆくことが実は一番難しいけど、でも結構日常でやっていることでもある。その上に、「求められた色」が見えてくる。
最初は透明。
最初から一色決めてしまったらツマラナイ^^;。
一色しかない人間は居ないのに、一色しかない役者が居るのはどうしてなんだろう、と随分若いころにナマイキに考えてから、「こうしろ」という演出ではなく、「私だったらこう表現するけれど、あなたはあなたの思いと身体でどう表現する?」と言葉以外でも提示できる演出になれたらいいなと思った。
道はまだまだ長く険しい- -;。

「もっとそこはポーンとした感じで居て、内面は ふっ とするの」とは言葉で伝えきれないしね^^;。何万通りも有る「それ」の方向だけを見せられれば、その人の歩き方で同じ場所に辿り着いてくれる。私のポーンを真似するより相応しくそこに立っている^^。言葉には無い影を携えて。


有るダンサー勉強中の方が言っていた。
振り付けを振り付け師に説明されるより、目の前で上手い人に一発踊られてしまう方が、振りも狙いもすぐに身体に入ってくると。悔しさも伴って、じゃあ、私ならこうしてやる!と思うと。私はダンスは門外漢だが、振り付けは覚えなきゃというアタマでやるから、その動きをする感情や理由に想いを馳せないまま機械的に覚えてしまう場合も初心者ならあるのかも知れない。


まとまり無いままカキチラシm(^ ^;)m。



 

posted by 有鰭尾(あるびれお) at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | diary (private) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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